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広島地方裁判所 昭和41年(行ウ)22号 判決

原告 篠田功

被告 広島西税務署長

訴訟代理人 山田二郎 外七名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者双方の求める判決)

第一、原告

被告が原告に対し昭和三六年一二月二七日付をもつてなした

1.昭和三三年分所得税の更正処分につき、更正所得金額二一、四五二、五七〇円のうち、金六、四三五、七七一円を超える部分および重加算税賦課決定のうち右超過金額に対応する重加算税額の部分

2.昭和三四年分所得税の更正処分中、営業所得更正額金一七、六一六、五四二円のうち、金五、二八四、九六三円を超える部分および重加算税賦課決定のうち、右超過金額に対応する重加算税額の部分、

をいずれも取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

第二、被告

主文同旨。

(請求の原因)

一、原告は、昭和三〇年一〇月頃から広島市吉島本町九〇一番地の七において、実姉篠田照子、実弟同恵介、実妹同清子と共に、クリーニング用プレス機械器具の製作を業としていたものであるが、昭和三四年一二月一日株式会社日本プレス製作所を設立し、自らその代表取締役となり現在にいたつているものである。

二、原告は、被告に対し昭和三三年および同三四年分の所得金額ならびに所得税額を左表の申告欄記載のとおり申告したところ、被告はこれらにつき昭和三六年一二月二七日付をもつて同表更正処分欄記載の内容の更正処分および加算税賦課決定をなし、その旨を原告に通知した。そこで、原告は昭和三七年一月二五日被告に対し再調査請求をしたところ、これらは原告の同意により審査請求の扱いとなり、広島国税局長は昭和四一年七月七日付をもつて右請求をいずれも棄却する旨の決定をなし、その旨を原告に通知した。

申告

年分      所得金額       同上税額

昭和三三年 二、九二二、〇〇〇円   八〇九、五八〇円

昭和三四年 三、八四六、七四七  一、一五二、四六〇

更正処分(加算税賦課決定)〈省略〉

三、しかしながら、被告の右各更正処分および賦課決定には、営業所得の認定につき、次のとおりの違法がある。即ち

(1)  被告は、前記事業による営業所得につき、全部原告に帰属したものとして、更正所得金額を計上している。原告も本件事業による営業所得が全体で、更正金額のとおりとなることは争わないが、右事業は原告の単独事業ではなく、原告を含む前記兄弟姉妹四名の共同事業であつたものであるから、原告の両年度の営業所得は更正処分における営業所得の更正金額のうち、原告の利益配分割合に対応する金額のみである。

(2)  しかして、右利益配分割合については、昭和三六年八月原告ら兄弟姉妹四名の話合いの結果、原告と恵介が各三割、照子二割五分、清子一割五分と定められた。

従つて、実質課税の原則により、原告の営業所得は前記更正による営業所得金額のうちの三割とみるべきものである。右によれば、原告の前記両年度における営業所得金額は、

昭和三三年分 六、四三五、七七一円

昭和三四年分 五、二八四、九六三円

となる。

四、よつて前記各更正処分の更正所得金額(昭和三四年分については更正営業所得金額)のうち右各金額を超える部分および右超過部分に対応する重加算税賦課決定は違法であるからこれが取消しを求める。

(被告の認否および主張)

第一、請求原因に対する認否

一、講求原因第一、二項の事実は認める。

二、同第三項の事実は争う。

第二、被告の主張

一、被告が本件事業による営業所得の全額が原告に帰属すると認めたのは次の理由による。

1.原告は本件事業の執行につき、仕入、売上、銀行取引等の対外関係全般において事業主として行動し、また内部的にも日常業務は主として原告において決定し会計等の実権も原告が掌握していた。一方、右の如く原告の名義で対外的行為を行うことは他の兄弟姉妹において了承していた。

2.原告ら兄弟姉妹の間には利益分配に関する規約もなく、利益分配が行われた事実も認められない。原告は昭和三六年八月に利益配分割合が決つた旨主張しているが、主張どおり配分割合が定まつたとしても、それは過去の係争年度分の所得の帰属を左右するものではない。

3.原告は、会計処理において、恵介、清子の両名を本件事業の使用人として給与の支給をし必要経費に算入し、照子は原告の扶養親族として扱い、係争両年の所得税についても原告の名で確定申告をし、該申告においても右三名を同様使用人あるいは扶養親族としている。

4.共同事業であるというためには、各人が平等若しくは対等の地位にあつて事業経営に携つていることが必要である。

ところが、本件では原告ら兄弟姉妹四名が平等若しくは対等の地位にあつて事業経営に携つていたものではなく、原告が事業経営の推進者で中心的地位にあつた。したがつて他の三名の者は原告と共同して事業経営を行つていたとは言い得ない。

二、以上の各事実等に照らし、本件事業は原告ら四名の共同事業とは言えず、原告の単独の事業であると認められまた仮りに形式上共同事業と認められるとしても原告を除く他の兄弟姉妹は、実質的に事業に対する経営を行つていないので現実の営業所得の帰属がなく、原告に全部の営業所得が帰属していたと認められたので、その旨の各更正等を行つたものであり、被告の各処分に違法はない。

(被告の主張に対する原告の反論等)

一、被告の主張のうち、原告の共同事業である旨の主張に反する点はすべて争う。

二、本件事業については、銀行取引等は原告個人の名義で行つていたが、それ以外の対外取引は「日本プレス製作所」という名称で行つており、対内的には重要事項は四名の合議制を採つていた。資本も原告のみの出資ではなく四名の共同出資(殆んど労務出資)で、係争年度頃は各人必要最少限度の生活費をうるほかは、残余はすべて不動産の購入、機械の増設にあてられた。そして、それらは原告又は恵介の名義にしてあるが、実態は四名の共有である。

三、昭和三六年八月に定めた利益配分の割合は、この時初めて取り極めたものでなく、既に客観的には定まつていたのを確認したものである。したがつて係争年度当時にも客観的には持分が定つていたのである。

四、被告は共同事業であるためには、全員が平等若しくは対等の地位にあることが必要であると主張するが、これは誤りである。

共同事業であつても、能力の格差等により平等若しくは対等でないことは十分ありうる。

五、所得税の申告に際し照子を扶養親族としているのは申告手続を委任した税理士が共同経営であることを知らずに誤つて申告したものであるから、これをもつて共同事業でないとすることはできない。

以上のとおりであつて、本件事業は原告ら四名の共同事業である。

証拠関係〈省略〉

理由

一、請求原因第一、二項の事実は、当事者間に争いがない。

二、そこで、原告主張の事業が原告ら四名の共同事業と認められるか否かについて検討する。

〈証拠省略〉ならびに当事者間に争いのない請求原因第一項記載の事実を綜合すると、次の各事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

1.原告は昭和二六年頃、広島市南千田町の自宅で当時一緒に生活していた実姉照子、同清子の協力のもとにクリーニング業を開業し、その後東京から帰往した実弟恵介もその貯金を拠出してこれに参加した。原告ら四名は、一緒に生活し、それぞれの役割にしたがつて営業に従事し、その事業を続けたが、その間照子、清子はクリーニング業を手伝うほか、洋裁の仕事をし右四名の生計を助けたこともあつた。一方、原告および恵介は、クリーニング業のかたわらクリーニング用機械の試作をし、その考案に成功した。そこで昭和三〇年頃クリーニング業をやめ、それまでクリーニング業で得た利益を資金として右機械の製造業を始め、「日本プレス製作所」の商号のもとに営業を続けたが、その間原告ら四名は、それぞれの役割にしたがつて営業に参加した。そして右事業は順調に発展を遂げたので原告らは、昭和三四年一二月株式会社日本プレス製作所を設立し、原告がその代表取締役、他の者は役員などになつた。

2.原告ら兄弟姉妹四名は、クリーニング業時代、会社設立前の機械製造業時代をつうじ、一世帯で生活しあるいは二ないし三世帯に分れて生活したが、その間各人が必要な生活費や小遣銭を営業利益中より得て費消したほかは、営業利益はすべて事業拡張、整備の資金に投下された。そして原告ら四名の間には、利益の分配割合等についての約束はなく、また、現実に利益分配が行われたこともなかつた。

3.本件事業においては、日本プレス製作所なる商号が用いられたが、銀行等の取引は原告の名で行われ、納税申告、社会保険の届出などにおいては、すべて原告が事業主として行動し、昭和三二年ないし三四年の社会保険についてみると、恵介、清子は被保険者となつている。営業の内部でも、原告が経営の主体となり、事業の経理関係はもちろんのこと、日常の業務処理にもあたつた。そしてこれらのことは、他の三名とも了承の上でされたことである。

4.一方、昭和三三年および昭和三四年の会計処理についてみると、原告は自己を事業主、恵介、清子を使用人、照子を原告の扶養親族として扱い、恵介、清子には給与の支給をしたことにして必要経費に算入し、また右両年度の所得税確定申告においても、自己を事業主として申告し、他の三名を前記の如く使用人あるいは扶養親族としている(この点に関する原告の税理士が共同経営であることを知らずに誤つて申告したものである旨の主張はこれを認めるに足りる証拠がない。)。そしてこれらのことについて他の三名はすべて原告に任かせ、もちろん各自を事業主(共同経営者)としてその所得について納税申告をした事実はない。

5.昭和三六年八月頃、原告ら兄弟姉妹それまで事業により蓄積された財産を、原告および恵介が各三割、照子が二・五割、清子が一・五割で分配することを定めた。

三、右認定事実にもとづき考察すると、本件事業においては、原告が名実ともに統括的、中心的立場にあつたことに疑問はないが、その実態は原告の純然たる単独事業に恵介ら三名が従業員として働いていたというものではなく、原告ら兄弟姉妹四名による共同事業的な色彩を高度に帯びたものであつたといわなければならない。

しかしながら、前記認定事業、なかんずく(1) 係争年度当時には、いまだ利益分配に関する取極めもなく、また現実に利益分配が行われたこともなかつたのであるから、原告以外の三名については各係争年度において、営業利益が具体的に一定の割合で帰属したということはできないこと。(2) 原告ら兄弟姉妹は、対外関係においては原告を事業主とする個人事業として行動することを了承し、原告は所得税確定申告において自己を事業主、他の三名を使用人あるいは扶養親族として扱うなどの行為に出ていること、等の事実に照らし考えると、本件事業は共同事業的性格は有するが、対外関係殊に税法上においては、本件事業による営業所得は全部原告に帰属するものとして取り扱われても止むを得ないものと解される。兄弟姉妹の間での相互に利益の分配を請求できるかどうかの問題は、別個の事柄であるというべきである。

四、以上によれば、被告が本件事業による営業所得を全部原告に帰属したものとしてなした各更正処分等には、原告主張の違法は存しない。よつて原告の本訴各請求はいずれも理由がないから失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 熊佐義里 塩崎勤 木村要)

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